思考録

個人の感想であり、効果・効能を示すものではございません。

国会をこんなカンジにしてほしい

現在の民主主義に限界を感じる。

 

……とかなんとか大げさなことを言う立場でも政治的立ち位置でもないけれど、政治についてグダまきたい。だっておっさんだもの。みつを。

 

前置きはさておき、本題について一言で言うと

分野別に国会議員を選べるようにならないかな

ということである。

 

 

現在の国会には複数の常任委員会が置かれている。

外務委員会、文部科学委員会厚生労働委員会、その他多数が言わずもがなほぼ同名の「省」と対応して設置されており、国会議員をその構成員としてそれぞれの専門分野の法案について審議や採決を行っている。

 

国会法(42条第2項)によると、国会議員は基本的にいずれかの委員会に所属している。しかし、これらの委員会に誰が所属するかを国民が選ぶことはできない。

 

つまりは私や貴方の選挙区において半ば地域代表みたいな形で選ばれた議員が、政党あるいは会派によって知らず知らずのうち*1に専門分野が割り当てられ、その分野で仕事をしているのである。

 

これってなんかおかしくないですか?

……と言うほどでもないのかもしれないけれども、いまみたいに漠然と「国会議員を選ぶ」という選挙よりも、「国会○○委員会の議員を選ぶ」みたいな選挙のほうが分かりやすくて良いのではないか、というのが本稿の趣旨です。はい。

分かりやすいかどうかはさておき、国民の声は「分野別に」より国政に反映されやすくなるのは確実でしょう。

 

たとえば「財政は出動派、教育は改革派、軍事外交は超強硬派」みたいな有権者がいたとして、すべてにマッチする政策をかかげる政党がない場合は「財政は絶対譲れないけど、まあ教育は別にいいかな。軍事外交もそんなに超強硬じゃなくてもいいや」とかいうふうにある点で妥協して「財政は出動派、教育は保守派、軍事外交は強行派」みたいな政党を選ぶしかないのが現状なわけです。

すると仮に自分が支持した政党が政権を握って公約通りの政治を行ったとしても、ある点での不満というのはどうしても出てきます。

 

これを分野別に議員を選べるようになれば、一切の妥協なく分野別に最も似た主義主張の議員あるいは政党に投票すれば良いわけです。最終的に政権(分野別)をとるのがどういった主義主張になるのかはわからないし、総合的にもだれか一個人の要求と完全にマッチした布陣になることはほぼ無さそうだとしても、分野別に満足する国民の数が増えるのは確実でしょう。

 

そういう選挙になれば選挙区なんて言ってられなくなるのは確実で、参議院比例代表と同様に全国選挙区になるでしょうね。で、全国の名簿の中から分野別にこの人、この人、この人……と委員会の数だけ選んで投票する。

アレ、これクッソ面倒じゃね?

 

何より最大の問題は「総務委員会の議員って何を争点に選ぶのよ」みたいなことでしょうね。

うん……めちゃくちゃ難しいぞこの問題。

 

 

というわけで、妄想してみたものの実現しそうにない政策提言(?)でした。

おわり。

*1:自分の選挙区で選ばれた議員が何委員会に属しているかあなたは把握してますか?貴方は把握してるとしても周りの人は?

Re: Re: かけ算の順序問題

先日の当ブログ記事:

 

hsdefs.hateblo.jp

に対して以下の通り本論争専門のブログを持つ方から言及を頂いたので、返答的な記事を書いておきたいと思います。

 

takexikom.hatenadiary.jp

 

当初あちらのブログへのコメントにしようと思いましたが、コメント欄が見つかりませんでしたのでこちらの記事として起こすことにしました。

以下あちらの記事を引用しながら再言及します。赤字強調は私によるものですが、太字・下線などはそのまま引用しています。

 

  • 前半に書かれた「実数のかけ算においては交換法則が成り立つ」に関して,このことを否定するつもりはありませんが,昨年第五版が出た『算数教育指導用語辞典』では,四元数については交換の法則は成り立たないことを言及しています。規則の適用に注意が必要となることは,算数を専門とする小学校の先生であれば承知のことではないかと思います。

 私は「算数を専門とする小学校の先生」ではありませんが交換法則が成り立たない場合があることは知っていますし、大学数学などを経て行列などを知っているはずの教員であれば当然ご存知かと思われます。

「規則の適用に注意が必要」というのは、将来「交換法則は常に成り立つわけではないんだよ~」と教えられたときに矛盾しないようにということでしょう。しかしごく普通の児童のことを考えるならば、小学生・中学生・高校生である期間の大半は可換な世界(乗法交換法則が常に成り立つ)で過ごすことになります。私の知識が確かならば非可換環(乗法交換法則が成り立たない)と初めて出会うのは高校数学IIIの「行列」の単元であり、数IIIをとらなかった文系学生であれば大学数学です。たとえ小学生の頃の教師に「乗法交換法則は絶対だ」という嘘を教えられた生徒であっても数IIIを習うような発達段階においてその矛盾に苦しむことになるなどとは考えにくいです。「嘘も方便」と処理できるでしょう。

 多少本筋からズレました。

 改めて教員ならば「乗法交換法則が成り立たない場合があることも含めて」100%乗法交換法則を知っているという前提に立てば、指導書等記載の乗法の式「(1つ分)×(いくつ分)」については、それが可換であるか非可換であるかについてより注意して読み取る必要があるかと思われます。しかし小学校で扱うのは実数のみであることから「この式は可換である」と考える教員が居てもおかしくありません(私はそれが普通だと思いますが)。

 そうすると、より一層順序に注意させたければ順序についての特記があって然るべきでしょう。そのような記述は引用元の画像や私の調べた範囲からは見つけられませんでした。

 

 

  • はじめのほうに戻りますが,「かけ算の式には好ましい順序があり、その通り指導しなければならない。逸脱する生徒は矯正しなければならない。」こそ,ご自身の思惑を入れた、自分勝手な読解ではないでしょうか。引用されているツイートの画像には,「順序」の語が見当たりません。

誤読されているようであります。

順序肯定派の思想を「かけ算の式には好ましい順序があり、その通り指導しなければならない。逸脱する生徒は矯正しなければならない。」と表現したのは私ですが、件の画像からそう読み取ったのは私ではありません。元記事で批判対象となっている「ひんちゃん」氏をはじめとする順序肯定派です。

そのことは引用したtweet から明らかではないでしょうか。そのtweetを下に再度引用します。

 

この画像を順序指導の根拠だと明確におっしゃっております。私はそれを記事全体で批判しております。

 

それとも順序肯定派の思想を「かけ算の式には好ましい順序があり、その通り指導しなければならない。逸脱する生徒は矯正しなければならない。」と読み取ることそののもが誤りだとおっしゃりたいのでしょうか。もしそうならば私がこの論争に首を突っ込む理由そのものがなくなります。

 

終わりのほうの「いざ乗法を文章題に活用する段になって「交換法則の活用は認められない」というような指導を行う」について,教科書を手に取りチェックするのが困難としても,せめて教科書会社のWebページへのアクセスは,されてもよいのではないでしょうか。


そのような資料があることを存じ上げませんでした。これは私の無知に帰するところです。ご教示いただいたことに感謝したいと思います。

新学習指導指導要領解説にも順序についての記述が表れたということも教えていただきましたが、なるほどそれは順序指導の根拠となり得ますね。「根拠もなくそのような指導を行っている教員がいる」という認識については改めたく思います。

 

他方で「教科書や指導要領解説がそう言っているから」といって順序指導の是非についての私個人の考え方を変えるつもりはありません。

すなわち実数の乗法では交換法則が常に成り立つ。である以上は文章題の立式で適切な2数が「左右(順序を)問わず」乗じられており、答えの単位が間違っていなければ正解とすべきであるという考え方は変わりませんので、今後は教員個々ではなく当該の指導要領解説や教科書を批判対象とさせていただきたく思います。

指導要領や教科書に拘束される教員ではありませんので問題はありませんよね。(そもそも指導要領「解説」には教員を拘束する力はないと思いますが)

 

 

さて、本稿を起こすにあたって引用元のブログの記事をいくつか読ませていただきました。気になった点を一つだけ。

 

『かけ算の「順序」について 2017.12』という記事からの引用になりますが

 3番目は,算数の出題において,1種類のかけ算の式のみを正解とすることの是非です。
 「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という問題で,式に「5×3=15」を書いたら,不正解のバツ印がつけられる件です。《順序論争》と呼びましょう。
 この論争で批判する人々は,a×b(上のりんごの文章題なら,3×5=15)が正しい式であることは了解しており,その上で,b×a(同じく,5×3=15)も正解にすべきだと主張している,という点も,注意したいところです。

 

「3×5=15正しいが、5×3=15正解」というところの助詞の使い方については、による限定によって「3×5=15が本来の正解だが、5×3も正解として許容される」と読み解くことができます。誤読かもしれませんが、先に述べた通り私は 3×5 も 5×3 も完全に等しく正解だと思っており、順序によって優劣をつけること自体がナンセンスだと思って批判しています。

 

さいごに、本ブログコメント欄について

 上の記事に対して,少し時間をとって次の文章を作成し,コメントとして投稿しようと考えました。

(中略)

 冒頭の記事の下段,「コメントを書く」のボタンを押すと,「コメントはブログの管理者が承認すると公開されます。」と表示されました。メインブログのアカウントにするか,当ブログのにするか,迷って結局,本記事にて公開することにしました。

という言及をいただいております。 

起稿の経緯を書くか書かぬかは全くの自由ですし、あれだけの長文を起こされて投稿したが非公開になったらたまったものではないというお気持ちは十分理解致します。

しかし……多少穿った見方かもしれませんが……このようなコメント欄についての言及の仕方は「このブログの主は批判を受け付けようとしない狭量なヤツなんだな」という印象を与えかねないものですので、一言断りを入れておきたく思います。

当ブログのコメント欄は承認制となっておりますが、誹謗中傷を含むもの、広告、その他愚にもつかないものでなければご反論ご批判を含め原則として公開する方針としていますので、どんどんご投稿ください。(一時試験的に承認を外してみましたので現在は承認制になっていないと思います)

 

 

最後に、冒頭の繰り返しになりますが当初あちらのブログへのコメントにしようと思いましたが、コメント欄が見つかりませんでしたのでこちらの記事として作成することにしました。

かけ算の順序問題

はじめに断っておくと、私は 「順序」否定派です。

 

togetter.com

 上の togetter から、順序肯定派の方のこんなツイートを見かけました。

 

 

 

 とおっしゃっておりますが、児童生徒に国語を教える前にご自分が国語を勉強し直してはいかがでしょうかと言いたい気分になりました。

 

 

画像は教科書の指導書でしょう。

 

その文章を読むと、たしかに

「(1つ分の数)×(いくつ分)=(全部の数)」

「「○×□」のような計算をかけ算という(中略)「○の□つ分」ととらえさせることが大切である」

という記述はあります。

 

しかし、これをもって「かけ算の式には好ましい順序があり、その通り指導しなければならない。逸脱する生徒は矯正しなければならない。」とするのは明らかに行き過ぎですし、国語的に言うならば「自分勝手な読解」と言えるのではないでしょうか。

 

なぜか。

 

まず「実数のかけ算においては交換法則が成り立つ」というのはかなり常識的な数学の公理であり、指導書がその対象とする人間(教員)ならば100%知っていなければならないことです。それどころか交換法則は九九を初めて教える小学校2年生の算数の中の同じかけ算の単元の内に指導すべき事柄でもあります(学習指導要領確認済み)。

 

上に抜粋したかけ算の式についても交換法則が成り立つことは自明(実数を対象とし、行列などを対象としていないことは明らか)です。そういった前提のある乗法の式について、特に「順序を固定して指導しなければならない」とか、あるいは「そう指導したほうが効果的である」ということを伝えるにはその順序について明確に断りを入れていなければおかしいのです。

しかしそのような記述は画像中にも、また学習指導要領等や教科書指導書の自分が調べた範囲にも一切見当たりません。

 

「1つ分の数」と「いくつ分」という2項の順序(ないし左右の関係)は便宜上のものであることを前提に読み取るべきでしょう。

国語で扱うような文章でも、常識的に考えればその順序に意味がない単なる列挙に対して、もし児童生徒が勝手に意味をこじつけて解釈し出したら……先生方はなんと指導するのでしょうか。

 

 

www.asahi.com

こちらの記事の先生も、本来は意味をもたないかけ算の順序にわざわざ意味を持たせ、無駄にややこしくしています。

「タコが足2本じゃ変だね」というのがわかる児童なら、2x8で出てきた16でも8x2で出てきた16でも必ず「足が16本」(タコが16匹ではない)と正しく解釈できるでしょう。

 

指導書などから読み取れる乗法の初期指導上の注意点は単位を明確にすることです。

繰り返しになりますが、学習指導要領にも、その解説にも、式の構成についての注意は見当たりません。

 

「無い」ことの証明は悪魔の証明ともいい非常に難しいので、反証を示します。

 

 

小学校学習指導要領解説:文部科学省

上のリンクから「算数(2)」のPDFをチェックしてみましょう。

 

PDF上のページ21(通しページは81)は小学校第2学年について記述されたところですが、そこには「おはじき」を現したと思しき黒丸●が並んでおり、その下に「2×6 または 6×2」「3×4 または 4×3」と書いてあります。

 

左側の「2×6 または 6×2」に絞って述べるならば、明らかに「横に並んだ6つの黒丸」が「2列」あるように見えます。順序派の主張に従えばこれを表す式は「6×2」しか許容されないはずですが、図の下には「2×6 または 6×2」と記されております。

 

「AまたはB」において通常はAとBの順序に大きな意味はありません。ときに前者が優先、後者は許容ということも考えられないことはないですが……6×2は後者です。

 

さらにページ27(通し87)を見ると、交換法則について以下のような記述があります。

イ 乗法に関して成り立つ性質
「内容の取扱い」の(4)で「イについては,乗数が1ずつ増えるときの積の増え方や交換法則を取り扱うものとする」と示されているように,ここでは,乗法に関して乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増えるという性質や,乗法についての交換法則について児童が自ら調べるように指導する
乗法九九を構成するときに乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増えること,乗法についての交換法則などを活用し,効率よく乗法九九などを構成したり,計算の確かめをしたりすることも大切である

(※アンダーライン強調は本ブログ主による)

このページはまだ小学校第2学年の範囲内ですから、先に述べた通り乗法交換法則については小2の学習範囲であること、文章題への活用以前の「九九」を教える段階での指導項目であることは明確で、児童に九九の表を構成させる際にその活用も求められています。

しかしいざ乗法を文章題に活用する段になって「交換法則の活用は認められない」というような指導を行うのは、児童の混乱を招くばかりで指導上有用であるどころか有害であるとさえ考えられます。

 

 

「乗数と被乗数とがあって、計算結果の単位は被乗数のもの」と注意して教えることは絶対必要でしょう。先生が教える際に左右に気を使うのは構いません。しかし児童にまでその独自のこだわりを押し付けることは絶対に避けるべきです。

 

以上、こんなところにこんなことを書いて改心してくれる順序派の先生が居るとは全く思いませんが、私自信も一応は職業上小学校算数に関わりがありますので、指導の際は気をつけることに致します。

 

 

 

非武装主義について

www.honmotakeshi.com

 

あーハイハイ非武装主義ね。

 

村本氏やらその他非武装論者が「殺されるくらいなら死ぬ!」とか言って死ぬのは一向に構わない大変立派だと思うんですが、私はそれに巻き込まれて死んだりケガしたりしたくありません。

殺されるくらいなら殺す。

 

M1-2017ファイナルの特に数学的でない分析

 

dakama.hatenablog.jp

上のエントリを読んで面白かったので、一点だけ気になった「もし採点競技でよくある最高点と最低点を取り除くヤツでやったらどうなるんだろう」をやってみました。

「結果がこちらのグラフです」(表です)

 

f:id:malark:20171206021556p:plain

(表1: 出場各組の得点と仮想採点方式のシミュレーション)

 

 

結論:大きく変動せず。特に最終決戦進出には影響なし

上表の左側が実際の得点と順位、「中間値計」から右が当シミュレーションの結果です。

 

算出法(読み飛ばし可)

最大値と最小値を「それぞれ1件ずつのみ」取り除いた審査員5名分の合計点で順位を算出しました。「中間値計」がその合計値、「中間値順」が中間値計による順位、「変動」が実際の順位と中間値順の差分です。

除外した最大値は表左側でオレンジ塗りに、最小値は赤塗りで表しています。ただし上述の通り除外は最大側最小側でそれぞれ1件のみです。

審査員各位のお名前は名字を基本に、2文字で表現できる方法を選択しています。以下も敬称略とさせていただきます。

データは上のリンク(以下便宜的に「引用元」)を目視しながら手打ちしたものですので誤りが含まれている可能性があります。その場合はご容赦ください

 

 

 

シミュレーションでは、実際には3位であった「とろサーモン」が2位タイ(「ミキ」と同点)に上がったほか、実際は4位タイ(「スーパーマラドーナ」と同点)であった「かまいたち」が単独5位に下がったものの、そのほかは全く順位変動なし

特に最終決戦の進出可否に影響はありませんでした。

 

 

もちろん、実際にはそのような方式が導入されれば審査員に「両極端は避ける」意識がはたらき採点にも影響する可能性はありますが、わざわざそんな方式を導入しても視聴者に分かりにくくなるだけ(?)で、公平性や結果あまり影響はないということは言えそうです。

 

引用エントリの「結論」(2017年の審査も異議なし)を支持する結果となりましたことをここに報告致します。

 

 

 

メインコンテンツは以上です。ありがとうございました。

あとは素人分析という駄文です。

 

 

2. 出場者のその他の評価

 

表中では、各採点者の与えた最高得点を黒太字に、最低得点を赤字にして表しています。

やはり最下位「マヂカルラブリー」は審査員全7名中6名から最低評価を受けており、今回のファイナル出場者の中では圧倒的につまらなかった(審査員たちにとって)ということでしょう。当たり前ですが。

 

 

一方で、各審査員から最高評価を受けた出場者をみていくと、最終決戦に進出した「和牛」はほぼ半数の3名(小朝・博多・上沼)から最高評価を受けており、実力の高さが伺えます。

ミキ」はそれにつぐ2名(上沼・渡辺)からの最高評価を得て最終決戦に進出していましたが、残る最終決戦進出者にして今回優勝したとろサーモン」は意外にも(?)各審査員からの最高評価獲得件数はゼロ。にもかかわらず最終決戦に進出できたのは、審査員5名(巨人・松本以外)からそれぞれ2番手評価を受けており、各審査員にとっての「イチバン」ではなかったものの「支持率」が相当に高かったからと言えそうです。これが最終決戦での勝利=優勝につながったのかもしれませんね。

 

4位タイ2組の対称性

最高評価者2名という数は2位「ミキ」と同数ながら、4位タイ(上の私的シミュレーションでは単独5位)で最終決戦に進めず終わってしまった「かまいたち」。このコンビは決して水準が低いわけではないものの好みが別れるタイプという感じでしょうか。

同じく4位タイの「スーパーマラドーナ」は、最高評価も最低評価もゼロ人で特に目立った浮き沈みがありません。「かまいたち」同様決して点数が低いわけではないので、万人受けするタイプだといえそうです。

同じ得点でもこうもタイプが違うと面白いですね(月並)。

どうでもいい話ですが、私としては「スーパーマラドーナ」のネタがこの日のベストでした。次点が「ゆにばーす」。次いで「和牛」一発目の結婚式ネタでした。どうでもいい話終わり。え?全部どうでもいい?

 

 

 

3. 審査員の評価~各審査員の「偏り」から~

 

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(表2: 各審査員における採点の「偏り」)

 

表2は上の表1を「タテ」にまとめたもので、ある審査員が出場各コンビに対する最大値・最小値の採点を何件出しているかを示し、下方に採点の「偏り」を評価したのです。

例えば、松本人志さんの列における「最大値最点数」の値1は、彼が「ジャルジャル」に対して出した95点が、同コンビに対する他の審査員のどの得点よりも高かったが、その他のコンビに対しての採点に同様のものは無くその1件のみであったことを意味しています。「相対甘さ」「両極端さ」については表中の説明書きどおりです。

また、表1と同様に、オレンジ塗りと赤塗りは、行(ヨコの並び)の中での最大値と最小値を表しています。

 

最も甘い採点をしたと言えそうなのが博多大吉で、3名に全審査員中最大の採点をしている一方で、最小の採点はわずか1組となっています。

一方で最も辛い採点をしたのは渡辺正行でしょうか。極端さ7は全審査員中最大であり、最大値3組・最小値4組もそれぞれ全審査員中最大です。あくまでも今回の他の審査員とくらべてですが、好き嫌いが激しいといえそうです。しかし特に注目すべきは渡辺の中での1~3位(ミキ>とろサーモン>和牛)がいずれも最終決戦に進出していることです。

 

実は同じく極端さが高い上沼恵美子の1~3位(ミキ=和牛>とろサーモン)も同じく最終決戦進出を果たしています。これをどう見るか……渡辺・上沼の「目が優れていた」と見るか、「両極端な二人の採点が結果に大きく影響を与えた」と見るか……非常に評価が難しいところですが、どうでしょう。

ちなみに春風亭小朝も1~3位(和牛>とろサーモン>ミキ)が最終決戦に進出しています。小朝の「極端さ」は渡辺・上沼と比べてもその他4名とくらべても最低値となっており、バランス感覚の良さと目の良さが光ります。

繰り返し断りますが、彼らの点数は単なる予想ではなく実際に採点として結果に影響を与えていますので、「目の良さ」的な評価は意味がないとは自覚しています。

 

中川家礼二氏は最大値1、最小値も1で差し引き0、ザ・中庸ともいうべき結果です。審査員全員の中で最もバランスがよいのではないかと思われます。

 

 

3連複」的な話に戻ると、最も結果が振るわなかったのはオール巨人でしょうか。

1位かまいたち、2位スーパーマラドーナ、3位がミキとジャルジャル同点で、評価上位3名、特に巨人の場合は4名いますが、にもかかわらずそのうち1組しか「当たって」いないというのは、他の審査員にはない悪い結果となっています。

1951生まれで審査員団中最高齢(上沼1955生・小朝1955・渡辺1956の集団より若干年上のようですが、それで感覚のズレがあるんでしょうか。気になるところです。ということを書いていて気づいたのですが、「三連複」の当選者はいずれも同じような年齢(還暦チョイ超え)なんですね。もしかしたらこの還暦年齢層を3人固めたことが結果に大いに影響を与えているかもしれませんね

 

 

おわりに

この辺で書くのが疲れてきました。そろそろ終わります。

 

 

実はこの歳(?)になって、M1というものを初めて見ました。

仕事柄か毎年この時期は忙しく「月月火水木金金」を地で行く地獄モードに突入しておりテレビどころじゃないんですが、今年は11月から忙しすぎて力つき、たまたま元々休みの日曜日に休めたところで見ておったのですが、こんなに面白かったんですね。

また来年も見ようかと思います。

EM菌とてるてる坊主

 

dimofsoul.mitona.org

 

EM菌について。上の記事を読んで。

 

……

 

みなさんは「てるてる坊主」の効果を信じますか?

わたしは信じてません。

あんなもので天候に干渉できるはずがありませんものね。

 

しかし、てるてる坊主に無邪気にも遠足の日の晴れの願いを込める子供や、「みんなでつくってお願いしようね」等と指導する先生にいちいち目くじらを立てて抗議したり、学校現場での呪術の使用の是非を問うような議論をするつもりは全く起きません。

 

 

何故でしょう。

それは「それで金儲けしようとする人がいないから」です。

 

 

ためしに、まず「てるてる坊主 作り方」で検索してみましょう。

いくつかのサイトを覗いてみても、特定の商品を売ろうとする人はまず居ません。

材料はほぼ家庭に常備されているようなローコストのものばかり。学校でてるてる坊主を作るとしても、どこか特定の業者が儲かるような気配はありません。

 

 

次に「EM菌 作り方」で検索してみましょう。

どのサイトを見ても、まず原液を用意しなくてはなりません。個人の感想に過ぎませんが、どこもかしこもその原液を売りたい気持ちが丸見えです。特定の業者のものが多いようです。

ということは、学校でEM菌を使って何かしようとすればその特定の業者が儲かるようになっているようです。

 

 

学校で使うとなれば、基本的にはそれは公金からの支出になります。

税金が使われ、特定の業者が儲かるからには、やはり効果やリスクに関するある程度の根拠は必要でしょう。現状それが無いようなので、私としては「公金を支出してのEM菌の実用」を認める気にはなれません。

ましてや学校現場ともなれば、「先生」や「授業」が絡んでくればいくらニセ科学でも本物の科学として児童生徒に伝わる可能性もあります。かなり強力な「宣伝」になってしまいます。取扱いには慎重になって然るべきでしょう。

(ただし、「こういうテーマがあるから本当に効果があるのかないのか確かめてみよう」という実験に使われるのならば教育的に有益かと思いますので認めましょう。もっともそれ以外にもやるべき実験は多々あるでしょうが。)

 

 

無邪気なおまじない(許容範囲)のてるてる坊主だって「特定のティッシュを使えば滅茶苦茶効く」とかいう話になればEM菌に対するものと同じような反感が芽生えると思います。

 

そういうわけで、私にとってEM菌に対する反感は「科学的かどうか」云々より以前に「カネの問題」です。

詐欺ダメゼッタイ。

北朝鮮のミサイルにどう向き合うか

ロシア・中国・韓国ではなく、なぜ日本の上空を越えるように飛ばすのか。

 

それは北朝鮮が日本の憲法9条を知っているからだろう。

「あいつはいくら怒らせてもやり返してこない」というのが分かっているのだ。イジメっ子が、やり返してこないか、やり返されたところで痛くも痒くもないような弱い相手を狙って嫌がらせを繰り返すのと似ている。

 

少なくとも当面こっちに向けて撃ってこないようにするためには、憲法9条を取り払うしかないだろう。

北朝鮮が核・ミサイルの能力を高めつつある今、日本はおろかアメリカすら「実際の軍事行動」はリスクが大きい。経済制裁や対話などといった他のオプションも実効性に乏しい。

何をしても相手が変わらないのであれば、自らが変わるしかない。