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思考録

個人の感想であり、効果・効能を示すものではございません。

「自分がいつか死ぬという事実」を怖がっていても仕方がない

そもそも、生まれてきたことに意味なんかない。

俺も、貴方も、彼も、彼女も。

どれだけ成功しても、いずれは死ぬ。

どれだけ成功しても、この広大な宇宙にはほとんど何の影響も及ぼさないし、地球上に「生きた証」を永遠に残すことも甚だ困難である。

神に与えられた使命などは存在し得ない。

古代の大王にも、現代の覇者にも、私にも、貴方にも、彼にも彼女にも、等しく。

だから、好きに生きればよい。

人が生きることに「与えられた意味」など無いのだから、自分で勝手に決めたらよい。

同様に、死ぬことにも大きな意味はない。

何も飲まず、何も食わず、ほっとけば誰だって勝手に死ぬのだから、そんなことに意味を見つけようとするのが土台無理な話である。

だから、死を殊更怖がる必要はない。

怖い。どうしよう。と誰がいくら思っても、どうしようもない事なのだ。

黙って受け容れるほかの選択肢はない。

 

 

 

 

私は、人生を「死ぬまでの暇つぶし」だと思っている。

私には、死にたいと心から思っていた時期がある。

でも、死ねなかった。

心は死にたがっているのに、体が死ぬのを嫌がった。

嫌がっているくせに、いずれ勝手に死ぬ。

なんだかよく分からないが、このよく分からない厄介者と付き合って往くのが私の人生だと思っている。

だから、死は怖くない。

明日死んでもいいのだ。

死んだあとのことなんて、考えているヒマはない。

 

 

かつて鎌倉に幕府をつくった源頼朝も死んだ。

死んだ理由すらはっきりしない形で。

子も残したが、彼らもすぐに息絶えた。

実権を握ったのは嫁の実家。それも200年ともたずに滅んだ。

それを滅ぼした方も織田信長に滅ぼされ、織田は家臣に滅ぼされ……。

 

斯様に、人生で何を成したとて、子を残したとて、子に何を残したとて、死んだあとのことはわからない。

関わりようがない。

だから、そんなことを考えていても仕方がないのだ。

 

 

ああ、でも、死ぬ時に痛いのはやっぱり嫌だな。