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思考録

個人の感想であり、効果・効能を示すものではございません。

誤審という当たり前にどう向き合うか

審判は人間である。

人間はミスをする。

よって審判はミスをする。

つまり、誤審の存在は不可避である。

 

今日ここで言いたいことはただふたつ。

サッカーにもビデオ判定を入れろ。

チームからの抗議を認めるべきだ。

以下は蛇足である。

 

私の最も大好きなスポーツであるところのアメリカンフットボール、その最高峰である NFL では、納得出来ない判定に対してはチーム側からチャレンジ(抗議)ができるようになっている(「他には全く無い」とは言わない。テニスも同様の抗議が可能)。

チャレンジには、前後半でチームに3回ずつ与えられるタイムアウトの権利を1回分賭ける必要があるが、審判団は基本的に映像の確認を行なって、リアルタイムでの確認では不可能だった精度で判定を行う。

また、チームからのチャレンジがなくとも、ギリギリの得点シーンなど審判自身が判定に自信を持てないときはオフィシャルレビューが入ることがある。

そこに感じるのは「プレーへの敬意」である。審判の咄嗟の判断よりも、ボールや選手の足がラインを超えたのか、実際の反則が行われたのかどうかという「事実」が最重視されるのである。

間違いなく言えることは、あらゆるスポーツの主役は「選手達のプレー」であるということだ。「コーチの判断」がそこに入り込む余地はあるかもしれないが「審判の判定」はどう足掻いたって脇役にしかならない。

舞台や映画では「脇役が主役を食う」演技が褒められることもあるのかもしれないが、スポーツにおいてはほとんどの場合観客をしらけさせ、結果をキズモノにする。

 

さて長くなってきたのでそろそろ終わりとしよう。

やたらアナログな方法にこだわるサッカーにも、やはりそろそろビデオ判定を導入するべきだろう。

審判の買収を防ぐためにも良いし、フーリガンの暴動だって減りそうじゃないか?