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思考録

個人の感想であり、効果・効能を示すものではございません。

続「日本氏ね」問題

流行語大賞にノミネートされトップテンとやらに入ったりそれを国会議員が受賞したりして、再び火がついている「日本死ね」への賛否の問題について。

 

 

わたしは、言葉狩りが大嫌いだ。

だから、「日本死ね」もゆるせる。

日本人という属性を持つ個人としては、少なからず気分が良いものではないが、ゆるそう。

 

ただ、敢えて言おう。

「たかだが保育園くらい」で国家に死なれては困る。

 

 

保守的だ、前時代的だ、と言われるのだろうが、やはり第一義的には子供はその親が育てるべきだと考える。

子供を他人に預けて仕事に勤しむのが正しくないとは思わないが、それが前提になるのはおかしい。

 

「『一億総活躍社会』に参加できない」というのがくだんの増田の主旨だったかと記憶するが、それは「活躍 = 仕事 = お金を稼ぐ」という金銭至上主義の貧しい図式の肯定を意味するものだ。

 

子供を育てるのだって立派な仕事である。

子育てをしている人は、お金を稼げていなくたってそれだけで社会に貢献しているし、十分に活躍している。

子供がいなくたって、働くパートナーを支えるのも立派な仕事だ。

『活躍』とは、自分がしたいことをすることなのだろうか。

 

 

だから、「保育園に入れないから(カネを稼ぐ)仕事ができない」程度の"些細な"問題で日本に死なれては、私は困るのである。